一級建築士事務所 株式会社ビーゴーイング






 技術コラム


■札幌音楽専用ホールの舞台裏

 

◎はじめに

 街の喧噪からのがれ、古くから市民の憩いの場として親しまれてきた緑豊かな中島公園「子供の国」跡
地。その木立の中に、瀟洒にたたずむオープン4年目を迎えた札幌コンサートホール『キタラ』がある。

ホールの評価が決まるのには5〜10年はかかると言われる中、「現代的ホールとしては世界最高」「世界
が熱い目」「傑出したホール」等(北海道新聞)、にわかにその評価が高まっている。三年目にして入場
者が百万人を越えたということ事は、まさにこれを証明していると言えましょう。


◎四季で彩る機械室

 地上3階、地下2階、総面積20,000m2、この『キタラ』の心臓部である機械室は地下2階にありま
す。一般的な設備方式としては、機器、ダクト、配管の納まり、或いは搬送ロス、コスト上のこと等から
機器分散形式を取る例が多く見られる。

これに相反し、『キタラ』では防音、防振上の理由から一局集中の形態を取っており、熱源機械室、空調
機械室、ポンプ室等を合わせた総面積は約2,500m2に達し、延べ床面積の実に12%を占有しています。

(一般事務所ビルでは5〜6%)
そこには熱源機器(6台)、空調機(24台)、ポンプ群、水源等が一同に介し、『キタラ』の五臓六腑に
脈々と活力の源を送り続けています。



地下機械室

熱源機械室

◎もう一つの二万平方メートル

 大・小ホール共、周囲を二重構造の壁で包み込み、音響的に、また遮音上においても密閉された空間と
なっています。ホール内部は演奏者、聴衆、照明器具等から膨大な熱が発生するため温湿度の調整、適性
な二酸化炭素濃度の維持等、空調設備としてはこの過酷な条件を克服して最適な室内環境を提供するため
に、膨大な
エネルギーを空気を媒体としてホール内部に送り込んでいます。

1、大ホール送風量
 空調機4台〜約180,000m3毎時
2、小ホール送風量
  空調機1台〜65,000m3毎時

 送風量の決定に当たっては、冷房時のドラフトの緩和と暖房時における一階低層部への温風の到達等を
考慮に入れ、吹き出し温度差を5℃に設定しています。また、送風ダクトは曲がり部、分岐部、ダンパー
等から発生する渦流音を防止するため内部風速を2〜5m秒範囲でサイズを決めています。従ってダクトサ
イズは一般的な建物のダクトサイズの5〜8割増しのサイズに膨れ上がります。

『キタラ』には大ホール4系統、小ホール1系統の他、大小20系統の空調機を設置していますが、ホール
系統以外のダクトについてもダクト騒音がホール系統ダクト及びホール自体に干渉しないように基本的に
は低風速でサイズを決定しています。

従って、『キタラ』で使用している空調ダクト(矩形のみ)の総面積は、実に「20,000m2」にも及び、
建築延床面積に匹敵するほどです。

この「20,000m2」のダクトは機械室において一部見られるものの、殆どが天井、床下で「縁の下の力
持」として、脈々とホールに生命を送り続けています


◎ホールの高さ?

ホールの形状としてシューボックス形とワインヤード形があります。この内、大ホールは、ワインヤード
形式を取り入れています。

ワインヤード形は、ステージを中心に周囲に客席を配置しているために見掛けによらず客席数が多く、ま
た、聴衆と指揮者、演奏者との一体感を醸し出し、弾け散る演奏者の才能と熱気を直に体感出来る等、臨
場感を与えてくれる特性を持っています。

 ホール音響の良し悪しが決まる重要なファクターの一つに容積があります。客席一席当たり10m3が目
安となります。大ホールでは客席数が二千席ですから20,000m3の容積を擁している事になります。

これによって、大ホールは残響2秒以上を確保し、最高級の美しい響きで包まれるのです。この容積を確
保するために、大ホールの天井は一番高い所で一階客席床面より23mあり、昆虫のお腹のようなヒダを持
つ幾何学的形状を呈しています。

 天井材はPC板(高強度コンクリート)で出来ており、一枚当たりの質量が約2.0トン、総数400枚です
から合計で800トンものPC板が天井材として鉄骨から吊り下げられています。

従ってPC板を吊り下げている鉄骨は、ステージの上手と下手側を橋梁のように架け渡されており、最も梁
背が高い所でマンションの3階相当分、優に10mは越えるでしょう。

この10mの空間は、只の空間ではないのです。ここにはホール系統給気ダクト、排煙ダクト、排煙機、電
気ラックの他、音響反射板昇降装置、同制御盤等が所狭しとはいえ、整然と納められています。その規模
は約600m2、ここはまさに機械室、4階に当たります。



大ホール客席下レタンダクト

大ホール系統セル形消音器


◎おわりに

 今、「世界最高のホール」の評価を受けている『キタラ』。新ホール建設の参考に、また、『キタラ』
ならではの音響を実体験するために海外の音楽家達が続々と視察に訪れていると聞きます。

新聞紙上においても記事が載らない日がない程に注目されている「キタラ」。
この日がきっと来るであろう予感と期待を胸に、平成9年2月に竣工引き渡し。顧みますと設計から工事監
理までの5年間は、不安と戸惑い、暗中模索、そして試行錯誤の連続であったような気がします。

しかし、今日の『キタラ』の評価、知名度が国際的なものになるにつけ、改めて身の引き締まる思いと共
に、微力ながら建設に携われた幸せを噛みしめているところです。


常務取締役 総括本部長  鈴木吉嗣

【社団法人 北海道空調衛生工事事業会 協会誌「きらめき」VOL.1より転載】